甲斐駒ヶ岳(かいこまがたけ)                      [南アルプス] 2966m

 

 甲斐駒ヶ岳は黒戸尾根から登りたかった。

 最近では甲斐駒はスーパー林道を使って北沢峠までバスで上がり、そこからピストンするのが一般的になっている。僕も仙丈ヶ岳はそうやって登った。しかし、甲斐駒はいつも蓼科や八ヶ岳山麓から見上げているので、北側から登りたかった。それに、黒戸尾根は江戸時代からの信仰登山の道でもあり歴史がある。

 確かに標高差2200m、水平距離7000mは長くて暑いが、梅雨明け直後の週末でも、人気の山なのに人が少なそうなのはこのコースだろうと登ることにした。

 

 小淵沢駅からタクシーで竹宇駒ヶ岳神社の駐車場まで入る。竹宇は「ちくう」と読むのだと運転手に教えられる。駐車場には皇太子が甲斐駒に登った時の大きな記念碑が建っている。

 駐車場の奥に進むと、すぐに神社の前に出る。拝殿の右手には修験道の匂いが漂うたくさんの石碑が立っており、その奥には禊の滝が落ちている。お参りをして神社の左手に回ると吊橋があり、尾白川を渡って黒戸尾根に取り付く。

 

 登山道はジグザグを切って上っており、地形図から受ける印象ほど急な感じはしない。ただし樹林帯で風が無く、しかも曇っているので湿気が多く、蒸し暑い。しばらくは、30分歩いて10分休憩という、ゆっくりしたペースでないと続かない。

 よく見るとミズナラの樹林の中に、溝状の地形が登山道に絡みながら続いている。いつ頃のものか判らないが古い登山道の跡だろう。

 

竹宇駒ヶ岳神社の裏にある石碑、石仏。
手前の石仏は鼻が高くて天狗に見える。

 

 道標に従って登っていくと、粥餅石の水場には寄らずに通りすぎてしまう。地形図の道とは少し異なり、横手からの登山道を合わせたあと、尾根の中腹を巻いていき、粥餅石からの道に再び合流する。
 合流点の標識は歩いてきた道が横手方面、粥餅石のほうが竹宇方面を指している。

 笹ノ平あたりからはコメツガの森になり、少し道が急になる。尾根道に出ると所々石仏が現れ、信仰登山の雰囲気がでてくる。

 

笹ノ平あたりのツガの森

 

 突然、刃渡りの一枚岩が現れる。鎖が付いているし、ガスって下が見えないのであまり怖くはないが、しばらくは痩せた岩尾根が続き、緊張する。尾根の左手の方はかなり高度感がある。

 その先のはしごを上ると刀利天の祠があり、ここにも石仏や石碑がたくさん立っている。

 ちょうど下ってきた中年の夫婦連れと立ち話。昨夜は七丈小屋は満員だったという。寝るのはぎゅうぎゅう詰めだし、夕食は7時だったそうだ。午後4時までに着かないと食事にありつけないし、昨夜はビールも打ち止めになったという。
 すいているコースなのに予想外の話で少々焦る。4時までには充分間に合うが、ビール打ち止めは辛い。

 

刃渡りの一枚岩を上から見下ろす

 

 少しくだると、5合目小屋の前に出る。小屋は営業しておらず、すぐ下の屏風小屋は倒壊寸前で立入り禁止になっている。目の前には急な岩峰が聳えていて気が滅入るが、これを登らないことには七丈小屋に着けない。

 

五合目小屋跡のクルマユリ 五合目から七丈小屋にかけて、はしごと鎖が続く

 

 鞍部からすぐに長いはしごになっていて、はしごと鎖が連続する。左足が攣りそうで休み休み登るが高度はどんどん稼げる。
 珍しくコースタイムよりも早く七丈小屋にたどり着いた。ビール打ち止めが効いたか。まずは一缶空ける。

 

 小屋は狭いながらこざっぱりしていて、居心地はよかった。幸い昨夜ほど混雑はしておらず、一人布団1枚あてがわれた。

 食事は小屋番が一人で切り盛りしているとは思えないくらい豪華なもので、宿泊客から思わず歓声があがった。小さなお膳にさしみ、煮物、フライなどが載り、オレンジ一切れ、巨峰2粒ながらデザート付きだった。

虹のかかった鳳凰三山(七丈小屋から)

 翌日は550分出発。朝食が525分だったので、これでも急いだ方だ。良く晴れてはいるが、昨日の天気からすればガスが湧くのは早いだろうから、早く頂上まで行きたかった。

 

 第二七丈小屋横のはしごを上り、キャンプ場を過ぎると、ダケカンバの登りになる。陽射しが遮られてありがたいが、すぐにハイマツになってしまった。

 背後には雲海の中に八ヶ岳が浮いている。右手には鋸岳が中指を立てたように稜線から突き出して見える。

 一登りで御来迎場の鳥居に着く。ここでやっと甲斐駒の山頂が見える。花崗岩の鎧をまとった武士が座っているようだ。向かって右肩に摩利支天が盛り上がっていて、その向こうに北岳、間ノ岳、塩見岳が連なってのぞいている。

御来迎場の鳥居から見上げる甲斐駒

 

 ここから山頂までは鎖場の急登が続く。岩に足場の窪みが掘ってある鎖を登るとすぐに右にトラバースするところがあるが、出っ張った岩にザックが引っ掛かりヒヤリとする。ハイマツの斜面を登ると仙水峠からの道を合わせて、祠のある山頂に到着する。

 山頂はかなり広くあちこちに岩が立っている。すでにたくさんの人が登っていた。

 

左から北岳、間ノ岳、遠く塩見岳 鳳凰三山の上に富士

 

 北岳はバットレスが鋭く切れ落ちていて、ちょっと傾いたような感じで天を突いている。なんとも格好いい。仙丈ヶ岳はひときわでかい。七丈小屋では鳳凰三山の脇にあった富士は、いつのまにか青く三山の上に競りあがっている。
 風が涼しく、陽射しは強く、空は蒼く、まさしく夏山だ。のんびり紅茶を飲んでいたら、やはりガスが湧いてきたので下りにかかる。

 

 摩利支天には絶対に寄りたいと思っていたのだが、砂礫の踏み跡を軽快に下っていったら、下りすぎてしまった。

 踏み跡はドンドン右手に行ってしまうが、摩利支天は左に遠ざかる。迷ったのだが、登りかえすのは面倒で、残念だがあきらめて下ることにした。

ガスが湧く摩利支天を見下ろす

 

 心が摩利支天に残っていたのか、すぐその先の岩場でころんでしまった。岩に引っかかって足が出ず、ばったりと手を突いて倒れた。突いた手のひらもすりむけそうで痛かったが、足はもっと痛く、ひざに力が入らないので、腕立て伏せの体勢からひじを突っ張って体を何とか起こした。


 風化した花崗岩は粗めのサンドペーパーのようなもので、右のふとももをかなりの広さで擦りむいてしまっていた。暑いので半ズボンで歩いていたのがあだになった。左の胸とあごの下も擦りむいていた。傷も痛いがしばらくは気が動転してその場に座り込んでいた。

駒津峰から甲斐駒を振り返る

 

 幸い、大判のバンドエイドを持っていたので、一番傷のひどいところに当てて、ハイマツの枝や草の葉に擦れないようにガードできた。
 歩いてみると、ヒリヒリした痛みはあるが何とか歩けそうで安心した。

 

 六方石の横を抜け、駒津峰に登り返す。疲れた身には少々つらい。駒津峰は仙水峠との分岐で振り返ると甲斐駒が大きい。まだまだ登ってくる人が多い。

 ここからはバスが来る北沢峠に下る。双児山との鞍部にはハクサンシャクナゲがたくさん咲いていた。
 双児山で最後の展望を楽しみ、樹林帯の下りにかかる。傷はさほどは痛まなかったが、延々と続く下りは足に来て参った。

ハクサンシャクナゲ

 北沢峠は大賑わいで、バス停には長い列ができていた。バスの発車時間までにはまだ1時間ほどあったが、臨時のバスも出ているようなので、そのまま列に並んだ。ビールを飲んで祝杯を挙げたかったが、峠は涼しいので、下に降りてからすることにした。

 30分ほど待って、臨時のバスに乗る。バスが下るにつれて、窓から吹き込む風がだんだん熱くなってきて、下界に戻っていくのをいやでも思い知らされる。

 仙流荘前でほとんどの客は降り、戸台口まで乗ってきたのは僕一人だった。ビールを楽しみにしてきたのに、戸台口のバス停の周りには何も無かった。臨時のバスで早く下ってきたので、乗り継ぎのJRバスは40分以上待たないと来ない。
 

  チャーターのマイクロバスの運転手が二人、この暑いのに白いシャツにネクタイを締めて強い日差しの中で立っていた。下山してくる登山客を待っているようだ。二人は別々のグループを待っていて、僕に峠を何時のバスに乗ったか聞いてきた。12時半のバスだが臨時が何本も出ていると答えながら、二人と四方山話をする。

 一人は20日に東京から夜叉神峠に送り、今日下山してくる8人グループを待っている。もう一人はアルピコ(松本電鉄)の運転手で9人のグループを諏訪駅まで送っていくらしい。二人とも早くから待っているようで、暑さに参っていた。
 山に登る人間の気が知れないとか、冬の登山口へは慣れた運転手でないと怖くてたまらんとか言っているが、二人とも話し好きの好人物で、僕にはいい暇つぶしになった。太った人と東北なまりの小柄な人で、なんだか漫才のコンビのようだった。
 

 JRバスを高遠で途中下車して温泉に入っていく予定だったが、傷がしみて湯船に浸かれそうもないので、温泉はあきらめてそのまま伊那市駅まで乗っていった。駅前で名古屋行きの高速バスの予約をしようと電話すると、もう4時、5時のバスは満席で3時のバスしかないと言う。あと10分しかない。あわてて少し離れたバスセンターまで走り、切符を買う。バスセンターでは何とビールを売っていなかった。自販機を探しに行く余裕もない。泣く泣くそのまま乗り込む。

 3時のバスは増発していて、僕の乗った2号車の方はまだ少し余裕があったので、一番後ろの席に陣取り、残っていたウイスキーを水割りで飲みながら帰った。結局家までビールなしだった。

 


[山行日] 2001/7/20(金・祝)夕方発〜7/22(日) 
[天気] 21日曇り夕方一時雨、22日晴れ
[アプローチ] 岡崎 18:05 →(特別快速)→ 18:34 名古屋 18:48 →(快速)→ 20:02 中津川  20:05 →→  21:44 塩尻 22:13 →→  23:04 小淵沢
・小淵沢駅でステーションビバーク。ホームの待合室のベンチが平らで快適。
小淵沢 →(タクシー:3970円)→竹宇駒ヶ岳神社駐車場
[コースタイム] 21日 竹宇駒ヶ岳神社駐車場 (0:05) 駒ヶ岳神社 (2:10) 横手駒ヶ岳神社分岐 (1:15) 刃渡り (1:10) 五合目小屋跡 (0:55) 七丈小屋   (計5:35)
22日 七丈小屋 (0:45) 御来迎場鳥居 (1:00) 甲斐駒ヶ岳山頂 (0:35) 六方石 (0:30) 駒津峰 (0:30) 双児山 (1:15) 北沢峠  (計4:35)
[帰り道] 長谷村営のシャトルバスは利用客が集まり、バスの都合が付き次第ドンドン発車していた。
長谷村営バスの案内南アルプス Home Page

北沢峠 12:25 →(長谷村シャトルバス)→ 13:20 戸台口 14:03 →(JRバス)→ 14:45 伊那バスターミナル 15:00 →(高速バス)→ 18:30 名古屋名鉄バスセンター
[地図] 長坂上条、甲斐駒ヶ岳、仙丈ヶ岳(1/25000)
[小屋] 七丈小屋
・白州町営。定員50名。
・事前の電話予約はできない。夕食希望者は午後4時までに到着する必要がある。
・夕食は豪華。ただし、一人で小屋を切り盛りしているので、宿泊者が多くなると夕食時間が遅くなる。朝食も同様。弁当は作ってくれない。
・水は豊富。無料。

   
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