山上ヶ岳(さんじょうがたけ)1719m  稲村ヶ岳(いなむらがたけ)1726m  [大峰山系]


神と仏の山 No.1
 山上ヶ岳につく枕詞は当然「女人禁制」。「にょにんきんせい」と口に出してみると、ちょっと舌にまとわりつく、妖しげな響きがある。

 昨年(1997年)、新聞に女人禁制が解禁されたような記事が載ったが、洞川(どろがわ)温泉から小1時間歩いた大峰大橋のところには、大峰山寺の新しい看板が立っていて、
「あの報道はウソで相変わらず女人禁制だよん。」
という内容がもっと丁寧な言葉で書かれていた。

 そのすぐ先には「從是女人結界」というばかでかい石柱と「女人結界門」と書かれた江戸時代の関所を思わせるような門が立っている。
女人結界門
 よほど女性を入れたくないようだが、かといって見張りが立っているわけでもない。宗教的な理由というのはそんなに受け入れられ易い理由なのだろうか。
 まあ、考えてみれば尼寺には男性は入れないのだろうし、山が寺の持ち物ならば所有者の了解無しに入ってはいけないのだろうけれど、それでもなんとなく釈然としない。
 しかし、女人禁制ということで、最近はどこの山にも出没する賑やかなおばさんの団体がいないので、いたって静か。大峰山は百名山の一つだが、このブームのなかでは希有な存在だ。

 だが、登るのが男ばかりだからという訳ではないだろうが、山道のわきにはジュースの空き缶がゴロゴロしている。今時、これだけゴミの多い山も珍しい。
「登山者でない一般人が多く登る山ほどきたない。」
というのは言い過ぎかもしれないが、それにしてもすごい。夏のシーズンのゴミが溜まっていて、これからまとめて拾われるのだと思いたいが、本当はどうなんだろう。

 登山道はさすがに良く整備されていて、始めは立派な杉の人工林の間を縫い、しだいに明るい山腹を行くようになる。途中のお助け水という湧き水はほとんど流れていなかった。

 

ミカエリソウ(シソ科) 福井県以西に分布
 日曜日の午後ということもあって、下山者がたくさんすれ違う。父親に連れられた子供(もちろん男の子)というのも多い。山伏姿の人が時々混じっていて、どう見ても山伏という恰好をしているのでうれしくなってしまう。信仰の山を実感させてくれる姿だ。

 すれ違う人からは「よう、お参り」と声を掛けられる。普通、山で「こんにちは」とか言うところが、ここでは「よう、お参り」になるらしい。信者でもないし、山登りが目当てで来ているのでなかなか「よう、お参り」とは返せず、口ごもってしまう。開き直って「こんちは」で通す。
 吉野からの奥駈け道との合流点にある洞辻茶屋は道の上に建っていた。茶屋の真ん中を道が通っていて、両側にござ敷きの縁台がある。一本300円のジュースを買って一休みする。目の前をまた山伏が通っていく。

 洞辻茶屋からは稜線の道になり、ブナやウラジロモミが目立ってくる。油こぼしの急坂を鎖や階段で登り、行場である鐘掛岩の切り立った崖は、巻き道を通る。

 有名な西の覗きの岩場は道から少し入ったところにあった。大峰山といえばこの西の覗きの絶壁からロープ一本で突き出されて
「両親に孝行するかッ!奥さんを大事にするかッ!」
ってやられるのが名物?で、せっかくだからやらなきゃいけないだろうな、と思っていたが、時間が遅くて「突き出し屋さん」はいなかった。内心ほっとする。
 崖を覗いてみたが、足がすくんで思わず中腰になってしまった。
鐘掛岩の行場
 山頂の大峰山寺はもっと大きなお堂かと思っていたが、予想外にうらぶれた感じだった。山の上だし、雨はよく降るし、台風も来るし、傷みが早いのかもしれない。山上ヶ岳の三角点は本堂前を少し登った木立の中にあった。一等三角点だった。
山頂一帯の笹原。三角点は奥の木立の中にある 本堂へ続く道の両脇に立つ修験者の供養塔
 宿泊したのは竜泉寺宿坊でなんだか一昔前の山小屋みたいだが、土間の食堂に仏間があるのが山小屋とは多少違って、宗教っぽい。山頂には他にも何軒か宿坊があるが、そちらの方はずいぶん立派に見える。あちらは専属の信者さんを相手にしているのだろうか。あまり泊まり客はないようにみえる。

 竜泉寺宿坊もすいていて、8畳の畳の部屋に一人だった。食事のほうは今時の山小屋ではまず出そうもない質素なもので、ごはんと味噌汁のほかは高野豆腐と椎茸の煮しめに切昆布と煮豆だけ。ごはんも固い。
 ビールを飲みたかったが、他の人は誰も飲んでいないので、
「ひょっとしたら宗教上の理由により、アルコールは無いのかもしれない。」
と思い、そのままモソモソと食事を終えた。後から到着した人は缶ビールを飲んでいたが、宿のものか持ってきたのか判然としなかった。
 ちなみに、朝食は切昆布と煮豆が海苔と漬物に代わっただけであとは全く同じだった。うーん、宿坊ってのはどこもこんなのだろうか。
朝焼け 日本岩からの稲村ヶ岳。右側の尖鋒は大日山
 翌朝は朝焼けがきれいだった。小笠原付近で台風が発生したためか薄雲が広がりつつあったが、天気は十分持ちそうだったので稲村ヶ岳に寄っていくことにした。

 小屋の裏を少し登った日本岩からは洞川の温泉街が見下ろせ、もやってはいるものの金剛山や葛城山なども見えた。南側には近畿の最高峰八経ヶ岳、弥山がどっしりと座っている。さすがに貫祿がある。いずれ登ることになるだろう。

 はしごが多い急な道を下るとレンゲ辻の鞍部にでる。ここにも女人結界門がある。
「ここからなら女性がこっそり登っても分からないんじゃないか。」などと思う。

 レンゲ辻から稲村小屋へは気持ちのよい巻き道になる。途中、登山道のすぐ脇に湿った泥の窪みがあった。イノシシのぬた場だろうか。泥に残った線が爪痕のように見える。以前、イノシシが山芋を掘った痕は見たことがあるが、ぬた場は初めてなので確信はない。
 30分程でブナに囲まれた稲村ケ岳山荘の前に出た。小屋には人の気配はなかったが、ゆっくりしたくなるような感じのいい小屋だ。
 大日山の尖峰の根元を巻き、稲村ヶ岳の山頂へは少し戻るような感じになる。山頂には鉄骨の展望台があって、かろうじて梢の上から展望が得られた。
山上ケ岳を振り返ると左に傾いた山頂の端に日本岩の岩壁が白く光っている。大普賢岳から行者還岳あたりの主稜線もトゲトゲしていて魅力的だ。

 あとは洞川へ下るだけなので、ノンビリする。少々早いが宿坊で作ってもらった弁当を食べようと包みを開いたら、塩ビのパックにご飯が詰めてあり、昆布と漬物が載っているだけだった。小屋の食事からすれば豪華な弁当は望むべくもないが、多少なりとも普通の弁当を期待していただけにショックが大きかった。
稲村ケ岳からの山上ヶ岳
 山頂を吹く風はもう秋の気配だったが、下界はまだ暑かった。洞川温泉センターで汗を流して帰った。


ルートマップアイコンアイコンをクリックするとマップがでます。 <洞川、弥山(1/25000)>


[山行日] 1998/9/13〜14
[アプローチ] 名古屋 7:30=(近鉄特急)=9:21 大和八木 9:30=(近鉄特急)=9:34 橿原神宮前 9:44=(近鉄特急)=10:11 下市口 10:15−(奈良交通バス)−11:35 洞川温泉
[コースタイム] 13日 洞川温泉バス停 (0:55) 大峰大橋 (1:25) 洞辻茶屋 (0:25) 鐘掛岩 (0:20) 竜泉寺宿坊 計(3:05)
14日 竜泉寺宿坊 (0:30) レンゲ辻 (0:35) 稲村小屋 (0:25) 稲村ヶ岳山頂 (0:20) 稲村小屋 (2:10) 洞川温泉センター (計4:00)

 

[小屋] 竜泉寺宿坊 tel 0747-64-0001
・1泊2食6000円。弁当600円。
・風呂あり。
・小屋のサービスについては本文のとおり。
[温泉] 洞川温泉センター tel 0747-64-0800
・入浴料510円
・洞川温泉バス停から少し南に行った川沿い。
・浴室はそんなに広くない。
・日曜日は駐車場がいっぱいだったのでさぞ混雑していただろう。

   
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