朝熊ヶ岳( あさまがたけ)                        [伊勢]   555m

神と仏の山 No.5

 朝熊ヶ岳は朝熊山とも呼ばれ、以前はそちらの方が通りが良かったようだ。
「伊勢に参らば朝熊をかけよ、朝熊かけねば片参り」と言われ、伊勢神宮の鬼門にあたる朝熊山の山頂には金剛証寺が建てられていて、昔の伊勢参りでは神宮に参拝した後、朝熊山に登り、金剛証寺にもお参りする 者が多かったらしい。 南伊勢から志摩地方では朝熊山は死者の魂が行くところと信じられていて、人が亡くなると金剛証寺に卒塔婆を奉納する風習があり、麓から「岳道」と言われる登山道が何本も登っている。
 伊勢参りでは内宮からの宇治岳道を登り、鳥羽の方へ下るのがルートであったようだが、今回は 近鉄の駅が近い朝熊岳道を登り宇治岳道を下って、初詣も兼ねて内宮にお参りすることにした。

 近鉄電車を朝熊駅で降りて、朝熊の街なかの狭い道を山に向かって歩く。朱塗りの鮮やかな千体地蔵堂の前を過ぎてなおも行くと、左手に駐車場がある。であいの広場というところで、 20台ほど止められそうな駐車場は既に満車状態。
 今日は冬型の気圧配置で北風が特に冷たいが、登山者は多いようだ。三河の本宮山や亀山の近くの錫杖ヶ岳と同じく、毎日登山も盛んらしい。

 であいの広場のすぐ先で道は二つに分かれ、標識に従って左の道をたどる。登山道とはいえ幅が広く、軽トラくらいは通れそうだ。

掘割の登山道
 

 道はなだらかでよく整備されていて、とても歩きやすい。一定の勾配を保つためか、掘割に穿たれたところも多い。こうした登山道は古くからの信仰の山に多いように思われる。現在の高速道路がトンネルや橋梁を多用するように、多くの参拝者が通る道は整備にそれなりの投資がされたのだろう。

 道の脇には「町石」と呼ばれる石碑が一町(約109m)毎に立てられていて、行程のいい目安になる。写真の四町目の町石の傍らには、同じく四丁と印した石仏が立っている。元々はセットになっていたのであろうが、両方が揃っているところは少なかった。

 もっとも、下りにとった宇治岳道では町石が無くて石仏だけだったので、町石は後から立てられたものかもしれない。
 

町石と石仏
 

 急に左手が開けて伊勢湾の展望が開ける。その先に掘割を跨ぐように小さな陸橋が架かっている。傍らの解説板によると、この掘割はケーブルカーの軌道の跡とのこと。見下ろせば山麓に向かって一直線に掘割が延びているし、見上げればトンネルらしきものも見える。

 このケーブルカーは大正14年に開業し、線路長1078m、高低差418mで、当時日本で最も勾配の急なケーブルカーだったらしい。多くの登山者、参拝者を運んでいたが、第二次世界大戦中の昭和19年に廃止され、レールは軍需物資として供出されたと傍らの解説板には書かれていた。
 

ケーブルカーの軌道跡
 

 二十二町のところが朝熊峠。ここで朝熊ヶ岳の稜線に出て、右手からくる宇治岳道に合流する。

 江戸時代の「伊勢参宮名所図会」には、朝熊峠には茶店があって、賑わっている様子が描かれている。
 また、昭和39年まで、朝熊山唯一の旅館「とうふ屋」が建っていたそうだが、火災で焼失してしまい、今はかまど跡のような煉瓦積みが残っているばかりだ。

朝熊峠から見下ろす伊勢の町
 

 頭上でエンジン音が聞こえたので、見上げるとずいぶん低くジェット機が飛んでいる。見ていると、ぐっと左に旋回して、高度を下げていく。伊勢湾の対岸にある中部国際空港への着陸ルートに当たっているようだ。航空機が伊勢神宮の上を飛んでいるとは知らなかった。

 ここからは狭いながらも舗装された道路を歩く。T字路を左に進むと、中継アンテナが林立する朝熊ヶ岳の山頂に着く。 山頂は意外に広く、トイレもある。ここからは鳥羽方面の展望も開けるが、木立が少し邪魔になる。

朝熊ヶ岳山頂の八大龍王社
 

 先ほどのT字路に戻って道を直進すると国史跡に指定されている経塚群がある。伊勢湾台風の時に木が倒れて見つかったもので、平安時代のものとのこと。しかし、立っている石塔をよく見るとナンバーが彫り込んであるので、これはレプリカのようだ。 本物はどこかに保管されているのだろう。

経塚群
 
展望台からの鳥羽のパノラマ  (中央の島が答志島、その右奥が神島、伊良湖岬)
 

  経塚から下っていくと金剛証寺の横に出るが、先に伊勢志摩スカイラインの展望台に行ってみることにする。展望台まで700mという標識にめげそうになったが、展望台からは山頂からは見づらかった鳥羽の海が眼下に広がって いて、 わざわざ来た甲斐があった。
 伊良湖岬が予想外に近くに見え、フェリーの白い航跡も見える。空気が澄んでいると神島の上に富士山も見えるそうだが、今日はさすがにそこまでは見えない。

 正午に近くなり腹が減ってきた。カップヌードルを持ってきているが、観光客が多く、ここでは少々気が引けるので、展望台横の売店で伊勢うどんを食べる。伊勢うどんは下山後の楽しみにするつもりだったが、予定変更だ。食べなれないと太くて柔らかい麺や黒いつゆに戸惑うが、これはまたこれでおいしいものだ。僕は好きである。 

展望台からの朝熊ヶ岳
(右側のピークが山頂、左は経塚のあるピーク
そのピークの下に金剛証寺がある)
 

 うどんの量が少ないので、満腹とはいかないが、とりあえず気分は落ち着いて、改めて金剛証寺をお参りする。伊勢参りとセットで多くの参拝者を集めたと言われるが、その割には本堂はそんなに大きくない。本尊の虚空蔵菩薩像は国宝らしいが、まだ下りが長いので 拝観はせずに先を急ぐ。

 金剛証寺からはスカイライン沿いの旧道をたどって朝熊峠に戻る。浅間ヶ岳の山腹を巻いていく昔の車道なのだが、なぜか石がごろごろしていて歩きにくい。

 朝熊峠の先から内宮に下る宇治岳道をたどる。内宮まで60余町と言われていたそうなので、朝熊岳道よりかなり長い。

金剛証寺の境内
 

 再び舗装道路になり、こんな山の上に人が住んでいるのかと思われる民家の前を過ぎると、一等三角点のある広場に出る。
 三角点は広場の横の一段上がった高みにあるが、少々分かりにくい。登り口に三角点好きな人がつけたと思われる小さなプラスチックのプレートがあるが、これがないと簡単には見つけられないだろう。

 その先の道の脇にはしっかりした石垣が残っている。位置的にはケーブルカーの山頂駅があったところかもしれない。いろいろな時代の遺物が眠っていて、歴史のある山であることを感じさせる。

 スカイラインを陸橋で横切ったところで改めて昼食。稜線の南側で風があたらず、陽だまりはとても暖かい。

道のわきに残る石垣
 

  ここからはひたすら下る。と言っても傾斜が緩いので、水平に歩いている部分も多く、どんどん距離が進む。こちらの道も丁目を刻んだ石仏がところどころに残っている。三十町のところには石碑も立っていて、「武州江戸田所町 施主萩原三郎右衛門」の文字が読めるので、これは江戸時代のものだろう。わざわざ江戸の人間が寄進しているのに驚かされる。もっとも江戸っ子は見栄っ張りだったそうだから、信仰心からばかりではないかもしれないが。

 楠部町に下る分岐のところは少し広くなっていて、ここにも昔は茶店か何かあったような感じがする。小さな石碑が立っていて、「従是宮域」とある。ここからは神宮の領域に入るらしい。 道はやっと下りらしい下りになって内宮に降りていく。神宮による管理はしっかりしているということなのか、道が雨水で掘れないように、石をならべて側溝が作ってある。側溝付きの登山道はあまり見たことがない。

  道は神宮司庁近くの道に出て、岳道はおわり。司庁の入り口には関係者以外立ち入り禁止とあるが、近道なので、建物の横をこっそり抜けて宇治橋のたもとに出る。1月も中旬だが、正宮へ向かう参拝者が絶えることなく続いている。さすが伊勢神宮だ。僕も人の群れに混ざってお参りをする。

 正宮の左手には平成25年に行われる遷宮の予定地が広がっている。高い杉木立の囲まれてぽっかり空いた空間は、何もないけれど、いや何もないだけに霊気が感じられるような気がする。
 このあと別宮の荒祭宮(あらまつりのみや)や風日祈宮(かざひのみのみや)も回ったが、ここの感じが一番印象に残った。何千年も神宮の本殿として清められて 続けてきた特別な場所だから、何か感じるものがあって当然なのかもしれない。

遷宮予定地
 

  参拝を終え、宇治橋を渡っておはらい町に出ると、宮域以上にすごい人混み。赤福の店は例の偽装でまだ閉まっているので、お土産は虎屋のういろうにした。


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[山行日] 2008/1/14(月・祝) 
[天気] 快晴
[アプローチ] JR岡崎 7:09 →(特別快速)→ 7:36 JR名古屋=近鉄名古屋 7:50 →(近鉄:特急)→ 9:14 五十鈴川 9:21 →(急行)→ 9:24 朝熊
[コースタイム] 9:25 近鉄朝熊駅 (0:15) であいの広場 (0:35) ケーブルカー軌道跡 (0:35) 朝熊峠  (0:15) 朝熊ヶ岳山頂 (0:30) 展望台 (0:15) 金剛証寺 (0:20) 朝熊峠 (0:20) 伊勢志摩スカイライン交差 (0:30) 楠部分岐 (0:40) 内宮  14:30     (計4:15)
[ガイドブック] 新・分県登山ガイド23「三重県の山」(山と渓谷社)
[帰り道] 内宮前 15:50 →(三重交通バス)→ 16:05 宇治山田 16:21 →(近鉄:特急)→ 17:43 近鉄名古屋=JR名古屋 17:58 →( 特別快速)→ 18:25 JR岡崎
[地図] 伊勢、鳥羽(1/25000)


   
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